三連休。

しかし 台風来襲で 自宅待機の方向で。
こういうときこそ 録りためてた映画やら自宅内の整理をしなきゃね♪


ってことで


幸いオットもチビコも任務遂行のため 外にでてたので 自宅で映画三昧したでした。



「祝祭」と「美人図」 みました。




ソンギ様のあの枯れたようなたたずまいと
一途な子供の目で ヤらしいことする(おい)ナムギルに 打ち震えましたわよ
(なにせ 前評判が前評判だったし(謎))



「対極」にある感のあるこの二作品を続けてみるとは。うははっは。




でもね
韓国映画をみるといつも思うんだけど
「隠すこと」をしながらも、けっこうなストレートに表現するところが 興味深いです。
「慎ましさ」「あらまほしき姿」をよそおいながらも(建前といってもいいかも)
「ナマナマしい人間のサガ」めいたものをその後ろに感じさせる。
「建前と本音」を そういう矛盾を目の当たりにさらけだして だしつつ
 「人間ってヤツぁ・・」って 愚かしくも愛おしく描いているような そういうところが 魅かれるポイント
ではないかと。




「祝祭」


「おばあさんは あなたに背と知恵と年をあげたから だんだん小さくなって 赤ちゃんに戻っていくのよ」

こういった言葉は 日本じゃお耳にかかれない。
こういう「文化の違い」は とても興味深い。



「美人図」



・・・・・ナムギルって こういう「悩み多き やさおとこ」の役柄 うまいよなぁ。
詳細は語らないほうがいいんだけど でも 「そのこは女の子だ」とわかったときのナムギルの
「まじすか?まじ・・?」な顔 困惑顔が たまらんだったです。




「後悔なんてしない」のナムギルもだけど 「悩む姿」が めっさうちゅくしいですよんね。
「困惑して」「悩んで」こそ なのがええんですよ。


 
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