遠距離介護(追記しました。)

  • Day:2014.06.19 12:28
  • Cat:家族
いつかはくると うっすら覚悟はしておりましたが
そろそろ じわぁぁっっとではありますが
本格的にはじめなくちゃいけなくなりました。遠距離介護。

ちょっと重い話になります。
ごめんなさい。



忘備録もかねて ちょっと書き留めておこうと思います。
「まだまだ」の方も また もしかしたら 「あぁ そんなこともあったわねぇ」の方もおられるかも。




3月に 実母が膵臓ガンの告知を受けました。
すでに転移があるため 手術してすべて取り去ることはできないとの判断で
抗がん剤の投与といういわば「延命」処置をとることになりました。

抗がん剤の与えるダメージは半端ないとききますので
実母がどこまで頑張れるか 
それをわれわれがどこまで見守れるのか 今はまだ先のことはよくわからないのですが 
それでもやはり 少しでも長く一緒にいたい。
孫(チビコや 妹の息子たち)の成長を すこしでも長く楽しんでいただきたい。
苦労の多かった人なので もっともっとゆっくり人生を楽しんでもらいたい。
ただもうその一念で。

なるべく気持ちにも体にも負担がかからなくていられるよう 見守っていきたいです。


ここまでの経緯。


はじまりは腰痛でした。

秋あたりから 腰の痛みを訴えるようになり、整形を受診しました。
診察してくださった先生は 「骨粗鬆症による圧迫骨折」との診断。
「まぁ トシもトシだしねぇ。カルシウムやらをしっかりとるようにしておくといいよ。
いりこなんかの小魚とるようにし。」と、よきありがちなアドバイスなんかして 春までにはきっとよくなるでしょうと。
かの藤村志保さん(だったけ?官兵衛のナレーターを最初の数回こなされた方です)もソレと戦っておられるそうだし
春になれば。春になれば。・・・と。

看護士さんとかと仲良くなりながら しばらく通院や処置を受けていました。
ところが 一か月たっても、二か月たっても 痛みはおさまらず、むしろひどくなる一方で。
整形の先生も あんまりにも快方に向かわないことに疑問をもたれたのか
もちょっと大きな病院で精密検査を受けることをすすめられました。

MRやら CTスキャンを受診したその結果。

膵臓ガン、がんの骨転移、 そして少々の肝臓への転移があると。
ゆうたら ステージⅣですわ。腫瘍マーカーというらしいその数値も「天文学的」なものらしく。
目の前真っ暗ですよ。

それで思い出したのが、昨年夏あたりから 血糖値があがったことがショックだとなげいていたこと。
まぁ 「年とるとそんなもんだよ~」と 軽く受け流していたのです。
あとからわかったことなのですが 実はそこらあたりから 疑うべきだったのです。

血糖値があがってたのも このせいだったようです。
そして 腰の痛みは ガンの骨転移からくるものだったのか。
そう思うと 「ガン」だと疑うことを知らなかったことが いまでも悔やまれます。

治療に関しては 「痛み」を抑えることを最優先とし 
同時に抗がん剤による いわゆる「延命治療」が 治療方針となりました。
抗がん剤投与がからだに与えるダメージは相当なものと聞いていますが
あんなに「食べることが健康の秘訣」と言ってた母と同じ人とは思えないほど
食欲も減退し、歩く体力も気力も徐々になくなっていきます。

当初の入院時、母は一般病棟の大部屋にいたのですが、抗がん剤、放射線治療の影響からか 一日ぐったり寝ているのみの生活で
だれとも話せず、 そこでのガン治療はとても孤独だったようです。
「外部刺激」がすくなくなったためか 体力のみならず 記憶力まで減退しはじめました。
本人も 孤独感にさいなまれてか「家に帰りたい」と毎日主治医に訴えます。

「本人も帰りたがってますし 病院にいること自体が苦痛なようなので いったん帰宅させましょう。」

今家にかえったとて「老々介護」となり しかも娘二人は遠く離れたところにヨメにいってます。
看護というか介護は実父が行うほかない状況です。

さあ困った。

以前 役場の福祉担当課で働いていたことがあったので 速攻で古巣を訪ねて 介護サービスについて尋ねました。

「今は 介護保険の要介護か 要支援の認定を受けないとサービスはうけられないんだよ。」

というjことで さっそく 認定の申請をしました。

状況が状況だからか、審査は驚くほど速いペースで進みました。
退院前に いろいろ相談に乗っていただける用意ができました。

でさっそく。退院して自宅に帰るにあたって 心配なことといえば
体力・・というより「筋力」が落ちてるので 手すりの類は必要だということ。
かといって ホームセンターなんかで購入して設置するにしても (突貫)工事を行うのは実父です。
不安にならないわけがない状況。

さてまたまた困った。

と、ケアマネージャーさんからアドバイスが。

「レンタルの手すりがあります。ひと月100円単位の値段で借りることができます。」

やりぃ。
これを使わない手はないぞ。

で さっそくトイレとお風呂(お風呂用のは衛生のため 買い取りせねばなりません。それでも数千円単位の買い物)とベッドに手すりを設置。
これで ひとまず 生活するには不便さは軽減されることでしょう。
ケアマネージャーさんの存在は ホントに心強かったです。ありがとうございます。

父も看病やら 母の病状がわからない不安で押しつぶされそうので 医療に関する相談相手がいたらいいなぁ と
その旨ケースワーカーさんに相談して「訪問看護」をおねがいすることに。
幸いにも 韓国芸能関係に興味のある方が担当してくださることになり、実母も話をする楽しみもできました。

・・・って ワシができるのはこの程度までしかなくって。なんつー親不孝なのか。
お母さん ごめんなさい。


ワシとこの場合、 けっこう「待ったなし」な状態でこの問題が飛び込んできたので 
もう 慌てた慌てた(笑)
二人っきりの姉妹で 二人とも父母から遠く離れたところにヨメにきてますので
「介護」に関する手続きも どこからどう手を付けたらいいのかさっぱりわからずで・・・・・
昔取った杵柄で 「老人福祉」のことは多少知識としてあったつもりなんですが なにせずいぶん前のことなので。
なんなら 「介護保険」ができてからのことは もうまったく。
ゆうたら「浦島太郎」の域で(笑)
なので 福祉行政窓口の方(昔 一緒に仕事させていただいてた方だったのでまた話しやすかったんですよ。助かりました。)に手を引いていただきながら、とてつもなくお世話になりながら なんとか。

自分がフツーに働いて フツーに生活してて
「まだ親もピンピンしてっから」って安心しきっておったので
 「介護」の問題についてこれっぽちも考えが及ばなかったのですよね。





そんなこんなで気持ちがバタバタしてるです。

ゆちょん大好物の母なので 「ゆちょんが日本に来るらしいよ??」

この一言が なによりの 援護射撃のようです。


ガンバレウリオモニム。





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